ジャパンオリジナルを世界へ
── 1stソロアルバムの発表以降、2008年にはニューヨーク録音の2ndアルバム「OUR PURPOSE HERE」、2012年にはロサンゼルス録音を含む「Walk Around」を発表されます。同時にJ-POP、ジャズ、フュージョン、さらには映画音楽など幅広い分野で活動され、最近では和楽器を加えた6人組の<坐音(ザオン)>というバンドを結成され、2022年春にアルバムをリリースされました。
随分前から、日本独自のオリジナリティを持った音楽を世界に発信したいという思いがあった中、箏の吉永真奈さん、尺八の田嶋健一さんという、和楽器を伝統音楽の中に閉じ込めるのではなくその可能性を追求しているアーティストと出会いました。同じ頃タイのフェスに参加し、現地のアーティストと交流する中で、タイの大物サックス奏者Koh Mr. Saxman氏率いる、タイの民族楽器を取り入れた<The Sound Of Siam>というバンドの演奏を見て、ものすごく刺激を受けたんです。そこで和楽器の二人にジャズ、フュージョン界で活躍する気鋭のミュージシャンたち、川口千里(ドラム)さん、中園亜美(サックス)さん、田中晋吾(ベース)さんに声をかけました。<坐音(ザオン)>という名前は書家の杉田廣貴さんに命名していただいたもので、「The Music、これぞ音楽、人々の心をONする音楽」という意味が込められています。
2022年春に1stアルバムを発表した<坐音>。和楽器とジャズフュージョンを融合したジャパンオリジナルのサウンドを世界に向けて発信
── たとえば和楽器の方のアルバムにちょっと洋の要素が入る、あるいはジャズ、フュージョンの楽曲にゲストとして和楽器が入る、そんなアクセントみたいな形ではなくて、一つのバンドとしてそれぞれが、それぞれの音に呼応したサウンドを奏でる。ありそうでなかった実験的な試みですね。
やはり自国の伝統楽器はその国のアイデンティティであり、究極のオリジナリティです。そうしたベースを軸に、その上で“今”という時代の日本音楽で世界にアプローチするにはこの形しかない、と思っています。
和楽器とジャズフュージョン界の気鋭が集結
── 視点は世界にあるわけですね。今後の活動が楽しみです。
さて、そんなさまざまな活動をされている安部さんですが、最後にもう一度ピアノについてお聞きしたいと思います。作曲家、アレンジャー、そしてプレーヤーとして、音に対するこだわりはものすごく高いであろうことは想像できますが、安部さんにとって大切にしているピアノの音って、何でしょうか。
インタビューの最初にお話ししましたけれど“余韻の美しさ”。自分の好みの心地よい余韻、それを思い通りに再現してくれることですかね。ただライブにしろレコーディングにしろ、自分にとってのベストなアコースティックピアノを運んで持ってくることはできないわけです。超大御所ならできるのかもしれませんが(笑)。実際にはそこにあるピアノを弾かなければならないわけで、しかも必ずしもいつもベストのピアノと出会えるわけではない。「思った通りに鳴ってくれない」とか、「その日の演目にはちょっと合わない」ということもある。純粋なピアニストの方々は、それでもなんとかするのかもしれないし、実際にそんなプレイを目の当たりにして「すごいな」と思うことがありますが、僕の場合は、自分が描く楽曲の世界観を可能な限り完璧にコントロールしたいという思いがあるので、あえてエレピやシンセサイザーを選択をすることもあります。
ライブでは独特の世界観で観客を魅了
アルバム「Walk Around」のロサンゼルスレコーディングの一コマ
── 逆にいうと、それはピアノの音に対してよりシビアってことではないですか。ただアコースティックピアノがあれば良いのではなくて、そのピアノがどれだけきっちり管理・整備され、安部さんが求める音をきちんと奏でてくれるか、理想の音を常に求めているという意味で。
いやいや純粋なピアニストじゃないので好き勝手に言いたいことを言ってるだけです(笑)。ただ誤解のないように言っておくと、エレピ=安易だとは思って欲しくないのは確かです。たとえばアコースティックの代替としてエレピを使うなら、よりアコースティックピアノの音の出方をちゃんと知っているってことが重要です。鍵盤を押さえてそれでハンマーが動いて弦を叩く。わずかな力加減の変化で音のバランスが崩れてしまう、そういう感覚をしっかり体感してるか、していないかっていうのは演奏に如実にあらわれて来ますから。僕自身、何度も言いますが純粋なピアニストではないですが、幼い頃、母のピアノ教室で触れたC3に始まるアコースティックピアノで育ってきた、ということがベーシックな部分にあると思っています。
── 安部さんのピアノの音に対する想いをお聞きしていくと。ピアノは『育つ楽器』っていうことがひとつキーワードにもなるかな、って思うんです。たとえば同じヤマハで同じ型番のピアノであったとしても、弾かれ方、置かれていた環境、さらには整備によって奏でる音色が変わってくるので。
スタジオやホールなどに伺った時、現場の方が「最近ピアノを〇〇〇〇に変えまして」って、自慢気に紹介され、実際に弾いてみると「あれ?」って思うこともたまにあるんです。逆にあるスタジオで、そこのピアノは僕はあまり良い印象がなかったのに、ある日レコーディングで行くと「すごく良いな」って思って、聞くと「少し前にオーバーホールしました」なんてこともある。たしかに、ピアノの置かれた環境、どんな演奏で育てられたか、そしてどれだけ大事に整備されているかってことはあるでしょうね。
僕自身、音源として記録されている中、納得できる自身のピアノプレイに3rdアルバム「Walk Around」の楽曲があるんですが、これらはベーシストのブライアン・ブロンバーグのロスの自宅にあったヤマハのグランドピアノで録ったものなんです。僕の好きな“きれいな余韻”のある音で、演奏しながら何ともいえない心地良さがありました。まさにこのピアノなんかはブライアンが大切に育てた一台で、それが僕の感性、演奏とピッタリはまったってことなんだと思います。
一台のピアノがリニューアルによって良くなる。しかもヤマハの純正部品を使って再生される。その意味は凄く大きいなと思います。実家のC3もやってみたいなと思いましたし、実は今の住まいにはヤマハのGC1SNというヤマハのグランドピアノ製造100周年を記念したモデルがあるんですが、ヤマハの技術者さんにお願いしたら、どんなふうに再生してくれるんだろうって思いました。実際、ちょっと違和感を感じる部分があって、ただこの頃はもっぱら息子(ピアニストの安部和奏さん)の練習機になっていたので、そのままにしていたんですが。
── それは良い話をお聞きしました。ぜひ「安部潤さんのピアノがリニューアルピアノ®︎になるまで」を企画しないと(笑)。
これ話すと「なんだピアノを大切にしていないじゃないか」って突っ込まれそうで、ちょっと逡巡していたんですけれど(笑)。
── 安部さんの機種はCF3Sを使用し、MIDIによる録音再生機能がついたモデルですね。その後サイレント機能も高品質音源のCFXバイノーラルサンプリングになったり、インターネットとの親和性なども進化しています。純粋なアコースティックピアノとしての機能はもちろんですが、アレンジャー、アーティストとしてはこうした部分も興味があるのではないかと?
ええ、最近、MIDIが38年ぶりにバージョンアップして2.0の規格が発表されたじゃないですか。まだこの規格がどんなイノベーションをもたらすかはっきりと見えていないですけれど、おそらくヤマハさんでも密かに研究開発が進んでいるんはないかと。僕自身、MIDIが1.0から2.0になって、それがどんな形で楽器に実装されていくのか、アコースティックピアノに対してもどんな可能性をもたらすのかについて興味がありますし、注目しています。
── ぜひそうした視点からのアコースティックピアノに対する意見もお聞きしたいですね。まずはリニューアル技術をより直に体験していただいて、その感想から。ぜひ今度はご子息の和奏さんにもご登場いただきましょう。
もしかしたらアコースティックピアノに関しては、私より彼の方がこだわりが強いかもしれません(笑)。
調整が済んだリニューアルピアノ®︎の音を確かめるように試弾する安部さん
安部潤
音楽プロデューサー、アレンジャー、キーボードプレイヤー
1968年3月1日生まれ 福岡県出身
3歳より、ピアノ講師である母のもとピアノを始め、中学では吹奏楽部でトランペットを担当。92年より上京、作編曲家・サウンドプロデューサーとして、J pop、Jazz Fusionシーンにおいて数多くのレコーディング、ライブツアーに参加、また映画、イベント、またテレビやラジオのCM音楽など、多岐に渡るジャンルの音楽を幅広く手がけている。「初⾳ミク」のLA公演、タイのジャズフェスへの自己グループでの出演、中国の国民的アーティストの楽曲の編曲など、海外での活動もめざましい。2016年には映画「さらばあぶない刑事」の音楽を担当。また、LAやNYレコーディングを含むJazz Fusion系のソロアルバムを3枚リリースしている(最新作、「Walk Around」Sony Music)。昭和音楽大学非常勤講師
安部潤公式ページ
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坐音
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